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第三章 天女、邂逅 + 1 +

last update Last Updated: 2025-05-25 12:52:06

 赤葡萄酒を硝子の器に注ぎ、照明の白いひかりに反射させる様子を眺めながら、冴利(さえり)は目の前にいる男へ冷たく応える。

「至高神と縁を結んだ天神の一族など、滅ぼしてしまえばよいのじゃ。かの地を統一することに成功したのは古都律華の川津に鬼造、そして伊妻。御三家たる彼らがこの国を支えたからこそいまがあるというのに、成金あがりの帝都清華に勢いを殺がれいまでは家名だけ保つので精一杯な見栄っ張りと金の権化しか残ってないのは嘆かわしい限り。ましてや伊妻は妾が嫁した皇一族に牙を向け自滅しおった。これも帝都清華の五公家連中のせいじゃ! 名治さまが彼らばかり贔屓するからいかんのじゃ。妾というものがありながら……そうは思わぬか、種光(たねみつ)?」

「后妃さまのおっしゃるとおりでございます」

 種光と呼ばれた男は素直に頭を下げ、いまの神皇帝の皇后妃である冴利の言葉を待つ。

「北の僻地の天女伝説など捨て置けばよいのじゃ。だというのに名治さまは天神の娘を手元に置こうとされておる。空我当主の座が樹太朗の元にあるうちに殺したかったというのに……ああ憎らしい、篁の息子め」

 くい、と赤葡萄酒を口に含み、喉を潤してから冴利は呟く。

 鬼造の連絡はすでに冴利のもとに届いている。帝位を継承する前の名治が若い頃に子を産ませた北海大陸の先住民、篁八重の息子、湾が冠理女学校へ天神の娘と思しき少女を連れてきたという情報に嘘はないだろう。

「種光もそうは思わぬかえ? あの男が将来、川津はもとよりぬしの財産をも喰らう悪鬼になるのは目に見えておる。皇一族の面汚したるあの男も、伝説に翻弄される前妻の息子もうさんくさい天神の娘ともども抹殺してしまえばよいのじゃ!」

 そうすれば、名治さまも気が変わるはずだ。至高神などいなくても皇一族はいままでのようにやっていけるのだと痛感し、惑わされることのなかった自分たちを高く評価するに違いない。そうすれば、天女騒動に巻き込まれて命を落とした皇子のこともすぐに忘れ、冴利が生んだ青竹(きよたけ)たったひとりだけに愛情が注がれる。そして次期神皇帝の玉座を冴利が支配し、この国を更なる繁栄へと導くのだ。

「そのために、疑わしき芽は摘んでいか

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